Fラン大学生に入学した後

Fラン大学生に入学した後

Fラン大学生が日々思うことについて記事にしていきます。

体罰について思うことを書きます

 

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久しぶりの投稿です。

先日某サッカー部の体罰についての報道がされましたよね。

体罰の事については頻繁に報道されていませんが、体感的に多く取り上げられてると感じました。

今日は体罰について思うことを、今のこの気持ちを忘れないうちに残そうと思いました。

体罰現代社会に合わない

まず結論から言います。

体罰現代社会にそぐわないと思いました。

これについては多分多くの人が感じて思っている事なんじゃないかなって思います。

なぜこうも体罰が多く取り上げられて非難されるか考えました。

それはやはり体罰を悪と考えている人が多いからではないかと思います。

私自身も

体罰暴力

こういう認識をしています。

当事者間では指導の範囲と認識したとしても、実情を知らない第三者から見ればあたかも暴力が振るわれている様に見える。

その理由は行き過ぎた指導だからだと感じます。

ここら辺人によって結構感じ方が違うと思うのは重々承知してます。

あくまでも私の考えなので・・・。

 

体罰にも加減がある

体罰っていうのは主に教育上行われる事とも認識しています。(あくまで私は)

一般的に体罰を行う考えとしては2つあるんじゃないかなと思います

ただ単にストレス発散の体罰。(自己中な指導者)

指導者として生徒に成長してもらいたいという気持ちからの体罰

 

人の心の中なので当人が何を考えているかわかりませんが、少なくとも①は指導者としてやっては行けない事だと感じます。

私が思うに今回の某サッカー部の指導方法、あれは体罰だと思います。

については、やり方を間違えた指導者、つまり体罰のさじ加減を間違えた人と感じます。

ぶっちゃけて言うと私はアメとムチというのは必要な事と感じます。

つまり体罰も分からなくはないということ・・・)

ですがそのさじ加減を間違ってはならない。

たしかに舐めている生徒らに言って聞かなければちょっとムチを添える。

そんな手段もあると思います。

けれども本当の教育っていうのはソコじゃなくて、ムチを与えずとも尊敬される、ついてきてくれる指導者になり、それを感じさせる事が出来る。

これだと私は思いました。

私自身も指導者からビンタとか「そういう」事をされた事はあります。

ですがその指導者はとてもムチの使い分けが上手かったです()

ムチを日常化せず、叱るときはおもいっきり叱り、生徒に良い意味で従わせる。

部員がついていきたいと思うような人でありました。

つまり、ムチ(悪く言うなら体罰)のサジ加減をしっかりとしていたのです。

 

周りの大人が考えを改めるべき

報道の中に生徒らのインタビュー、及び街中の人のインタビューなどがありました。

生徒らは「やりすぎだ」「教育熱心な人」「部外ではいい人だった」

こういう事を言っていました。

それはそれでいいでしょう。

生徒らの気持ちなんですから。

問題は街中のインタビューでの意見。

吹き出しには元野球部とかいてあります。年齢は20くらいだったかな・・・。

その人の回答は「指導の範囲内だ」「強くなる為には必要」

こんな事を言っていました。

これが問題だと思います。

強くなる為にはあんな体罰が許されるのか。

強くなる為に体罰が許される部活、そしてそれによって強くなると考えている教員。

周りの大人(教員も含め)こんな考えだと必ず今後もこういう報道はされ続けると確信してます。

たしかに体罰によって得られる事もあると私は感じています。

しかし、それを100%正義、正当化、当たり前として認知されるのは絶対違います。部員にあった指導方法。

そして部員一人一人も今所属している部活内の環境(練習方法だったり雰囲気だったり)に疑問を持ち話し合いが出来る環境を作る事が必要と感じました。